愛するペットが死んでどんなに悲しくても他人に報告してはいけない話

日常

ごきげんよう、まさきちです。

みなさんは長く飼っていたペットに死なれた経験がありますか?

今回は、家族同様だったペットが死んでも、他人にはただペットが死んだだけでしかなかったという話です。

19年一緒に暮らしたサブロウ

以前、猫を飼っていました。

オス猫で名前はサブロウです。

19歳まで生きました。

けっこう長生きしてくれたと思います。

数年前にサブロウは死にました。

エサをあまり食べなくなって痩せてきたので動物病院で診てもらったら、高齢なのでどうしようもないと言われました。

その後はエサを食べることもできなくなって、水だけやっと飲める状態が一週間くらい続きました。

最後は二日くらい寝込んで、あっと言う間に死にました。

死ぬ前日だけちょっときつそうに鳴いていましたが、最後は眠ったまま、特に苦しむこともなく死にました。

小さな骨壷に入って帰ってきたサブロウ

サブロウをペット用の火葬場で焼いてもらいました。

生前は、「サブ」と呼ぶと面倒くさそうに「ナァ」と返事してくれる猫でした。

帰ってきた小さな骨壷に「サブ」と呼んでも、もちろん返事はありませんでした。

19年間も飼っていたペットはサブロウが初めてです。

親きょうだいよりも長く一緒に生活していたことになります。

嫁さんとたくさん泣きました。

サブロウが死んで二週間くらいして、僕の夢に出てきました。

死ぬ直前のやせた姿をして、ヨロヨロと僕に向かって歩いてきていました。

「なんやぁ、サブ。生きとったとやぁ」と喜びながら声をかけたところで目が覚めました。

嫁さんにその夢の話をしたら、「サブがお別れのあいさつに来たとかもね」と言ってくれました。

二人でまた泣きました。

友人はちょっと驚いただけ

サブロウが死んで一ヶ月くらい経ったとき、親しい友人が僕を訪ねてきました。

ちょっとした用事でした。

友人にサブロウが死んだことを伝えたら、ちょっと驚きました。

ちょっと驚いただけでした。

昔からの友人だったので、サブロウとは僕と同じだけの付き合いがあります。

家に来たときは、サブロウとよく遊んでくれていました。

そんな友人でも「え? サブ死んだと? いつ?」と、それだけでした。

友人にもサブロウの死を悲しんでほしいという気持ちが心のどこかにあったのだと思います。

だから友人のちょっと驚いただけのあっさりした反応が印象に残っているのでしょう。

飼い主の傲慢だったと気付く

その後、別の友人にもサブロウが死んだことを話しました。

その友人は犬を飼っていて、ペットを本当にかわいがっていました。

その友人なら、かわいがっていたペットを失った僕の悲しい気持ちを少しは理解してくれるかなと思いました。

しかし「ふぅん、それは大変でしたねぇ」でおわりました。

僕はそのとき、「ああ、そうか。これは飼い主の傲慢なんだ」と気付きました。

飼い主にとっては家族(同然)のペットの悲しい死でも、他人にしてみれば、ただ飼っていた動物が死んだだけです。

逆の立場で考えてみればわかります。

今まで誰かのペットが死んだと聞かされても、悲しいなんて思ったことはありませんでした。

それなのに自分の家の猫が死んだら、「うちのペットが死んで悲しいのに誰も共感してくれなくてつらい」とか図々しいにもほどがありますよね。

そのことに早く気付いてよかったと思いました。

飼い主が忘れなければ良い

それからはサブロウのことを聞かれたときだけ、死んだ事実を伝えました。

サブロウのことを聞く人なんてほとんどいませんでしたが。

今でもたまに、生前のサブロウのわがままぶりを思い出しては嫁さんと笑っています。

飼い主だった僕たちがサブロウのことを忘れなければそれで良いと思っています。

以上、「愛するペットが死んでどんなに悲しくても他人に報告してはいけない話」でした。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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