桜の季節になるといつも思い出す満開の桜に感動できなかった人の話

満開の桜日常

ごきげんよう、まさきちです。

市の中心部にある公園が桜の名所で、開花の時期になると花見客で賑わいます。

いつもはスムーズに通れる道路が、桜の季節だけ渋滞するほどです。

僕もそうですが、日本人は桜の花が好きな人が多いようです。

今回は、毎年、満開のきれいな桜の花を見るたびに思い出す話です。

病室から見えた満開の桜

元号が『昭和』から『平成』になって、初めての春でした。

前年の冬に交通事故で頚髄を損傷した僕は、埼玉から転院した長崎の病院で入院生活を送っていました。

僕は主に整形外科の患者が入院する病棟にいました。

僕のベッドは四人部屋の窓側で、病院の中庭に植えてある木々がよく見えていました。

寒い時期はただの枯れ木だったので気にも留めていませんでしたが、暖かくなって花のつぼみが膨らみ始めると、植えてある木が桜だと知りました。

テレビで盛んに桜関連の話題が取り上げられているころ、病室から見える桜の花も満開を迎えていました。

僕は病院の中庭で咲き誇るきれいな桜の花を見て、思わず 「うわぁ!桜のきれかぁ!」と感嘆の声を上げました。

その日はすっきり晴れた青空で、桜の薄いピンクがとても鮮やかに見えていたのです。

すると、それを聞いた同室のKさんが、寂しそうに言いました。

「まさきちくんにはきれかごと見えるね。オイにはいっちょんきれいに見えんよ・・・」

満開の桜に感動できない理由

桜

Kさんは仕事中に高所から落ちて、脊髄を損傷した30代後半の男性です。

Kさんは腕の良い職人だったそうですが、車椅子の生活を余儀なくされたことで、以前の仕事はもうできなくなっていました。

自営業主であり、奥さんとまだ小学校に通う子供が二人いる父親でもあるKさんは、現在や将来のことを考えると、満開の桜を見ても、とても感動などできなかったのでしょう。

一方の僕は20代前半の独身で会社勤めでしたので、背負っていたものがKさんよりはずっと軽かったと思います。

同じ風景を見ても、感じ方がまったく違うものになるのは仕方がなかったのかも知れません。

Kさんはいつも一生懸命リハビリに取り組んでいました。

Kさんは、自分や奥さんや子供たちの将来を真剣に考えながら、とにかく今できることを精一杯やっていたのだと思います。

その後、Kさんは手動装置を付けた自分の車に乗って、かっこよく退院していきました。

僕もそれから数ヶ月後、無事に退院しましたが、タクシーに乗って普通に退院しました。

数年後、共通の知人から、Kさんは新しく始めた仕事がうまくいっているという話を聞きました。

それを聞いたとき、「さすがKさんだな」と思いました。

そして、「もう満開の桜を見てきれいだと思えるようになったかなぁ」とも思いました。

30年以上前の出来事になりますが、今でも満開の桜を見ると、Kさんの寂しそうな言葉を思い出します。

同時に、きれいなものをきれいと感じられるのは幸せなことなんだな、とあらためて思っています。

以上、「桜の季節になるといつも思い出す満開の桜に感動できなかった人の話」でした。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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